2011年07月11日

麦わら富士登山

5月中旬に、同僚(今回の登山の相方)が何となく発した一言で唐突に決まった、麦わら帽子をかぶったあやしい登山素人コンビの富士登山記録です。

5月中旬、相方が「富士山登りたい」と言う。
6月27日、職場の人達に「若さで登り切る」「しゃべりすぎて息が切れる」「途中であきらめる」とか囃されつつ、決行日を7月6日-7日(ご来光目的の徹夜登頂)に決定。
7月5日、人生初の登山のため、登山用品を購入。

翌日ついに来た決行日。急に決まったスケジュールのため、天候もあまり気にせず、準備も中途半端なまま、見切り発車!
高速バスに乗車しスバルライン五合目へ向けて出発した。
20:15にスバルライン五合目に到着。しばらく移動をせず、気圧に体を慣らした。この30分は結構重要だったと思う。
20:45にいよいよ登山開始。この時点で辺りはものすごい霧で、ヘッドライトと懐中電灯のデュアル使用で何とか前方を確認できるレベルだった。
21:30に六合目に到着。二人とも余裕綽々で、しゃべり続けて登っていた。霧は少しましになっていた。
22:40に七合目到着。霧のうえに風も吹き始め、今後の天候が怪しい感じだったが、『引き返す』という言葉を知らない登山ど素人だったので、山小屋で30分ほど休憩した後、さらに登った。ここまで階段状だった登山道が、崖を登る感じに急変。超しゃべりの僕でも、言葉数が減っていった。この七合目から八合目までが、一番つらかった。
日付が変わり7日1:35にやっと八合目に到着。ものすごいペースダウンで、頂上でのご来光はあきらめムードが漂った。そのうえ僕に高山病の軽い症状が出始めた。でも、頂上に行くことはあきらめていないので、本八合目へと向かった。
八合目から本八合目も岩盤登りである。霧で濡れた岩盤なので危険だったから、5分に1度のペースで休憩を取っていた。こまめに休憩を取ることが奏効し、高山病の症状が治まった。
本八合目に到着。正確な時間がわからないのは、相方がツイートしなかったためである。たしか、3:20頃だったと思う。このあたりから、めっきりしゃべらなくなった。
ご来光時間(4:20頃)が近づくにつれ、どんどん天候が悪化。霧で10m先も見えないが、登りやすい地形であるため困難ではなかった。
結局、九合目辺りでご来光時間を迎えたが、霧でさっぱり何も見えず。つい先日、ご来光撮影のために買ったと言っても過言ではないデジタル一眼レフカメラを手に、相方はとても残念そうだった。
ついに5:50に富士山頂に到着。本降りの雨なので、しばらく雨宿りをした。すでに全身ずぶ濡れ、気温も低く、急激に体温を奪われた。その時から相方の様子が急変!低体温症の症状が発生した。3776m地点到達はあきらめ、下山することに決めた。
登山道を御来光館に向けて下山開始。御来光館に向け50mくらい下った時に、正規の下山道ルートで下山し本八合目の胸突江戸屋に行く方が早いと気付き、ルートを変更。また頂上に戻り下山ルートに行った。
下山道を下っていたが、ある標識が原因で、下山ルートを間違えたかと不安になり、低体温症状の相方と、また山頂へ引き返すのはとてもできないと、半パニック状態に。実際には須走口と吉田口を併記すべきなのに、その標識は須走口だけの表記だったため混乱した。きっちり携帯電話で情報を収集し、このままで正しいことを確認、下山を続けた。
本八合目の胸突江戸屋であったかいものを食べ、相方は回復、ホッとした。そのころには霧はなくなり、「なんで今頃やねん」と突っ込む。
後は休憩を多数とりながら下山し、五合目に到着。

富士登山の記録に、風景の記載が全くない、美しい写真が1枚もないという、なんとも残念な結果になってしまった。
頂上での混雑を避けることを考えて日取りを決定したが、ぴったし悪天に見舞われた。今度はちゃんと天気と相談し、体温調節の準備をしっかりとして臨みたい。

次回こそ、3776mをお届けしたい。

最後に、まだ雪が残っていました。
富士登山1


posted by Repy at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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